ぽろり、ぽろり、猫娘の頬の上を、涙が滑り落ちる。グス、と小さく、圧し殺したようにそっと鼻を啜る音がして、猫娘よりも三歩ほど前を歩いていた鬼太郎の足が止まる。

きっかけなど些細なことだった。いつもの喧嘩で、いつもの言い合いだった。
ただどこか、言葉の端に、猫娘を傷つける一言が含まれていたのだ。腹を立てる以外の、言ってはいけない一言が。

大きな瞳が見開かれ、それでも涙を我慢するように唇を噛んだ猫娘を見た瞬間、鬼太郎の、熱くなっていた頭と腹の奥が、すうっと冷えた感じがして、しまったと気づいた時には、もう遅かった。ぽろり、溢れてしまった涙を止めることも出来ず、猫娘はうつ向いて、静かに泣いた。鬼太郎はただ狼狽え、天を仰いだ。

そうしてとりあえず歩き出し、少し離れてついてくる猫娘にほっとしつつも、それ以上どうしようもなく、鬼太郎は前を見て、いつもより重い足どりで歩き続けた。

夕日が二人を照らして、幾分沈んだ気持ちに、哀しさが絡んでくる。あたりは人気もなく、ただ鬼太郎の下駄の音だけが、寂しげに響いた。


(ちがうのに、)


泣かせたかったわけじゃない。傷つけたかったわけじゃない。それでも唇を噛み締めるような、そんな思いをさせたかったわけじゃない。

喧嘩など、言い合いなど、昔からよくしていたのに、いつからか、そのなかで猫娘を傷つけてしまうことが増えた気がする。
それが何が原因で、どの言葉がそうであったのか、鬼太郎は知らない。

くぐもった嗚咽が後ろから聞こえる。
ぴたり、鬼太郎の下駄の音が止まって、のろのろと猫娘の方を向いた。猫娘も立ち止まる。


「猫娘、」


鬼太郎が呼べば、猫娘の肩がびくりと跳ねる。
空いている距離は僅かなものなのに、それがどうしようもなく遠く感じるのは、両手を胸の前でぎゅっと握りしめて身を縮こまらせている猫娘のせいで。夕日に照らされた小さなその姿に、少し、恐怖心をかられた鬼太郎が、猫娘に近づく。カラン、コロン、カラン、たったそれだけで縮まった距離に、少々呆気にとられつつも、鬼太郎は猫娘の、涙の流れる頬に触れようとして、


「……、」


急に気恥ずかしさを感じて、暫し迷った後、結局そのまま、猫娘の片手をとった。猫娘は何も言わず、ただ少し驚いたように鬼太郎を見つめていた。鬼太郎はどこか居心地の悪さを感じて、誤魔化すようにくるりと振り向くと、また歩き出した。


手と手がくっついた、長い影が伸びる。
素直にごめん、とは言えない。優しい言葉をかけることも、涙をぬぐってやることも、できない。こうやって意地をはるのは、自分の性分だから、どうしようもない。

それでも、必死に走っても埋められないような距離が、できてしまわないように。それが嫌だと叫ぶ自分の、猫娘と繋いだ片手は、そのために存在している。


(ごめんね、)


胸の内の呟きは、誰にも聞こえないけれど、ひょっとしたら後ろの幼なじみには伝わるんじゃないだろうかと、鬼太郎は繋いだ手に力をこめた。

空にはいつの間にか、夜の色が滲んできていて、うっすらと星が輝いていた。二人は何も言わない。言わないけれど。

いつの間にか泣き止んだ猫娘が、ぎゅっと手を握り返してくれれば、それだけで。



僕の て が、

二人、離れない理由になれば、いい。