ゆらゆらと白い粒が落ちる。小さなドームの中、あたしの知らない街が、雪を模した白い細かな粒に埋もれていく。それは、とても綺麗な光景で、けれど少し、寂しかった。
ユメコちゃんの、修学旅行のお土産でもらったスノードーム。掌にのるくらいの小さなそれは、彼女がもうこの森に来なくなった今でも、鬼太郎の家の隅にひっそりと置いてあった。あまり埃を被っていなかったから、ちゃんと大事にしているんだろう。雪が全て底に落ちたドームをひっくり返せば、落ちるのよりも数倍早く、滑るように半円の底に溜まっていった。


「猫娘、」


もう一度ドームの中に雪を降らせていると、戸口の方に立っている鬼太郎が、外を見たままあたしを呼んだ。


「陽が、ずいぶん暖かくなってきたよ。」


鬼太郎の言葉に、目の前の窓を見れば、あたたかそうな光の中、白い、小さな粒がはらはらと舞っていた。雪だ。けれどあの暖かそうな陽だまりを見れば、それは空から降っているのではなく、風がどこからか運んできたものだとわかる。あの、白い光のようなそれは、今日の陽光に溶けて消えるだろう。


「きっと、もうすぐ春だよ。」
「そうかなぁ。まだ早いんじゃない?」


長く内に閉じこもる冬よりも、外で飛び回る春の方が、鬼太郎の性分にあっているのだろう。待ちきれないといった声音で言う鬼太郎は、半分上の空で、あたたかな光に想いを馳せている。
あたしは目の前の、いまだ雪の降り積もるドームに目を移した。ゆらゆら、ゆらゆら、窓から差し込む光に照らされても、そこだけ冬のような空気の、小さな空間。永遠に溶けることのない雪が、全てを覆っていく。


(あなたと、鬼太郎さんは、)


最後に会ったユメコちゃんの姿を、頭のなかに思い描いてみる。あれは冬だったような気がする。ちょうどこの、スノードームの中のような、細かくも確実に地を埋める、雪の降ったいつかの日。ともに野をかけ、笑いあい、鬼太郎を取り合った少女は、いつの間にか同じ目線ではなくなっていた。あたしの頭の上の雪を、やさしくはらってくれたあの細く長い指を、知らないひとを見るような心地で見つめていた感覚を、今でも覚えている。薄く色づいた、形の整った爪が、きらきらと光って、睫毛に雪が積もった、大人びた彼女。綺麗、とあたしが呟けば、嬉しそうに、けれど眩しそうに、目を細めてあたしを見た。


(あなたと、鬼太郎さんは、)


「猫娘、」


少し強い口調の鬼太郎の声に、はっとして顔をあげれば、鬼太郎が少し訝しげにあたしを見つめていた。ごめんごめんと軽く笑って誤魔化せば、鬼太郎はまだ少し納得いかなそうな顔をしながらも、外を指差した。


「ねぇ、外に行こうよ。森の様子を見にいこう。」


春の兆候に、そわそわと落ち着きのない鬼太郎に、しょうがないなあ、と腰を上げ、鬼太郎の隣に立つ。外はまだ寒いけれど、空気は最近のそれよりもやわらかい気がした。目を細めれば、鬼太郎がほらね、と得意そうに笑った。その、子どものような笑顔に、ふいに気づいた。


「…鬼太郎、背、伸びた?」
「え?」
「伸びたよ、だって、ほら、」


目線が少し、違うわ。そう言えば、鬼太郎はそうかなぁ、と頬を掻いた。あたしの方が高かったそれはいつのまにか、同じくらいに上がっていて、どこか不思議な心地がした。


「伸びたよ、」


念を押すように呟けば、鬼太郎が照れくさそうに、嬉しそうに笑った。光に照らされたその笑顔が、少し知らないひとに見えた。


(あなたと、鬼太郎さんは、)


とりあえず行こうよ、と照れ隠しのように外に飛び出した鬼太郎を目で追いながら、あたしはあの、雪の日を思い出した。知らないひとのように見えたあの笑顔を、感覚を。どこか遠くを見るような。あのとき彼女が呟いた言葉が、頭のなかで響いた。


(あなたと、鬼太郎さんは、いつまでも、)


ちがう、ちがうの、あたしと、鬼太郎は。風に吹かれて外を舞う雪は、じきに来る春に消える。永遠に溶けない雪は、あのちいさなスノードームのなか。あの雪の日だって、いつかはあたしのなかで綻んで、やはり永遠ではないだろう。


「猫娘、はやくおいでよ!」


痺れを切らした鬼太郎の叫び声が聞こえた。あの子がいなくなってしまったように、いつかの春には、鬼太郎もいなくなるのだろうか。そう考えたら、すこし泣きそうになってしまって、今行くわよ、と慌てて叫び返した。


(知らないひとに、見えたの。)


同じになってしまった目線は、いつかの春には溶けて消える。永遠の冬は、スノードームのなか。鬼太郎の背中を追いかけながら、埋もれていく街を思い出していた。




ネバーランドはここではない