彼女の頬に触れた。あまり他意はなかった。ただ触れたいと思っただけ。 「鬼太郎?」 彼女がきょとんと僕を見た。大きなふたつの瞳は、不思議そうに僕のひとつしかない目を見ている。今は夜だから、彼女の瞳はまんまるで、きらりと光って見えた。 「どうしたの?」 月の光に照らされて、彼女のふっくらとした頬のうぶ毛がきらきら輝く。指の腹で触れた部分がやわらかくて、ぬくくて、心地良い。 そうやってしばらく黙っていたら、彼女が僕の頬に手を伸ばしてきた。ぺたり。そんな感触がして、彼女の手が僕の頬に触れた。僕みたいに指の腹だけでなく、てのひら全体で。ふわりと彼女の掌の熱が僕の頬にうつって、包み込まれるようで、安心するはずなのに、心臓がなんだかびりびりして、うなじがぶわっとなった。 「猫娘、」 彼女の名前を呼んだ。なあに、と彼女が答える。彼女の口の動きが、触れた部分に伝わる。このままもう少し、くっつきたいような気分だった。やわらかそうな紫の髪よりも、輝くうぶ毛よりも、もっと内側の、そのぬくもりに。 「ねぇ、猫娘。」 なんだかむかしに戻ったような気分がした。むかしに、幼かったころにもどったように、もっともっとくっついていたい気分だった。触れたぬくもりが心地良くて、よりそって一緒に眠ってたあのころみたいな。歳を経るにつれて、いつの間にかそうやって、くっつくことはなくなったけど。そのころに、逆戻りしたみたいな。でも、あのころの感覚とは少し、違うような気もする。 「僕、なんだかちょっと変なんだ。」 触れているぬくもりがとてもいとしいのに、こわくて不安になるような。くっついているだけでやさしい気分になれたあのころとはちがう。おそろしい衝動が、僕のなかで生まれて、そうだ、僕はたぶん、彼女に、このまま、くっついて、 「熱でもあるの?」 ぺたり。彼女の、僕の頬に触れていた手が額にくっつけられた。彼女は心配そうに僕を見ている。 彼女に、このまま、くっついて、…そして? 彼女はただ、心配そうに僕を、 「…いや、」 自然と、彼女に触れていた手が降りた。彼女の手も、僕の額から離れたけれど、きっとそのてのひらには何も残らない。それがわかってしまった瞬間、乾いた床を這う指先の熱のその意味に、少しだけ、絶望してしまった。 |