(たまにはかまっておやりよ、猫娘のこと、かわいそうじゃないかい、) そう言われるのが好きじゃなかった。かまっておやりよ、その後に続く言葉。まるで僕がわるものみたいな。 「ねえ鬼太郎、どこか行かない?」 ごろり、寝っ転がったまま、首だけをそちらに向ければ、にっこり笑って、期待に満ちた目をした猫娘。少し開けた窓の方を見れば、やわらかな陽の光。春にはまだ遠いが、ここ数日の寒さに比べれば、今日は幾分あたたかい。ごろごろ昼寝をするには最適だ。 「ねえ、鬼太郎ってば!」 そんなことをぼんやり考えていれば、痺れを切らした猫娘が苛立たしげに机を叩いた。そんなに強くはなかったけれど、伏せられた父さんの茶碗がわずかに動いた。 「…面倒くさいなぁ…。」 気のないように言えば、猫娘の目がつりあがった。 「っもー!なんでいっつもそうなのよっ!!こんなにいい天気なんだから、ごろごろしてたらもったいないわよっ!」 こんないい天気だからこそ、だらだらごろごろしているのが最高なんじゃないか。そんな言葉は、飲み込むけれど。言えば目がつりあがるだけじゃ済まされない。確実に一撃はお見舞いされるだろう。 「出かけるなら君だけで出かけておいでよ。ろくろ首とか、誘えばいいじゃないか。」 「ろくちゃんは鷲尾さんと出かけてるの!いい天気だからっ!」 頬を膨らまし、猫娘がプイッと横を向いた。ははあ、と薄眼で彼女を見る。そういうことか。向けられた期待に満ちた目の真意が、なんとなくわかった気がした。だからと言って、何をするわけではないのだけれど。 猫娘はしばらくむくれていたけれど、僕が大きく欠伸をすれば、やがて諦めたように溜息を漏らした。 ごろりと寝返りをうって、仰向けになる。ぼんやりと天井の梁を見つめ、ゆらゆらとまどろんできた頃に、猫娘があ、と口を開いた。 「そういえば今日、黒鴉さんに会ったわよ。」 ぴくり。肩が反応する。実際は、ほとんど動いていないだろうけど。天井を見つめたまま、そう、と返す。 「巡回中だったみたいで、ちょっと話しただけなんだけどね。鬼太郎のこと、気遣ってたわよ。」 そうなんだ、ちらりと猫娘を見れば、そのときのことを思い出しているのか、ひとりでにこにこしていた。 「今度また、飛騨まで会いに行こうよ。黒鴉さん忙しいみたいだし、あたしたちの方から顔見せに行きましょ?」 いい思いつきだ、と言わんばかりに手を合わせ身を乗り出す猫娘に、上半身を軽く起こして、首をふる。 「忙しそうなら、迷惑だろ。時間を割いてもらうなんて悪いよ。」 「そんなことないわよぅ。鬼太郎のこと気にかけてたし、会いに行けばきっと喜んでくれるわよ。」 手土産は何がいいかなぁ、そんなことを口走る彼女の頬に、うっすらと朱がさす。眠気がすっかり飛んだかわりに、腹の底から苛立ちが湧いてきた。完全に起き上がり、のそのそと猫娘の傍らまで行く。 「猫娘、」 親指をぐっと、猫娘の頬に当てる。低体温の自分に比べ、親指の腹で触れたそこが、すこしあつい。 少し顔を近づければ、頬の朱が広がった。 「な、なによ、鬼太郎、」 猫娘が仰け反る。手は後ろについていて、今にも立ち上がりそうだ。それだけ確認すると、小さくため息をついた。 「…行くならちゃんと、黒鴉さんに予定を確認してからだよ。いきなり行ったら迷惑になるかもしれないだろ。」 少し睨むような、けれど言い聞かせるような目を向ければ、猫娘はそ、そうね、と頷いた。 「じゃ、じゃああたし、そろそろ帰るね、バ、バイトだしっ!」 親指を少しのければ、猫娘は勢いよく立ちあがり、戸口の方に逃げていった。そう、気をつけてね、僕が言えば、猫娘はぶんぶんと首を縦に振って、すぐに出ていった。 揺れる簾から差し込む陽光に目を細める。さっきまで、出かけようと言っていたくせに。ごろりと再び横になる。 (たまにはかまっておやりよ、猫娘のこと、) なんだよみんな、僕がわるものみたいに。たまにはかまっておやりって、だってそんなの、猫娘と僕とじゃあ意味が違うんだもの。親指にくすぶる熱はあの頬の、遠くの飛騨の、そういうことなんだよ。 (かわいそうじゃないかい、) どちらがさ。深く深くため息を吐いて、目を閉じる。わずかに射し込む陽の光に背くようにごろりと影にもぐりこめば、どちらがそうであるかも、ゆらゆらと落ちていく意識の底へ向かって、わるものは、もう。 |