それに気付いたのは何時の頃だっただろうか。
背丈がほとんど並んだ頃だっただろうか。掌が角ばった頃だっただろうか。
何時とは最早知ることのできぬ、かなしくいとしくおそろしいひとつの火が、心臓と指先に、随分昔から。


「鬼太郎、ここにお茶おいとくね。」
「あぁ、有難う。」


柱にもたれかかりながら、ちゃぶ台の上の父と話をしている彼女を見る。年月を幾らか重ねても、見目にあまり変化のない僕と彼女は、その顔にまだ幼さの影をもっている。丸みのあるふっくらとした頬はまだ、僕と彼女を男と女に分けていない。

けれどそれは何時の頃か。彼女のあの白い頬に、爪を立ててみたいと思ったのは。


それは穏やかに時に激しく、燃え上がるひとつの火だった。地獄の炎とはまた違う、かなしくいとしくおそろしい、ひとつの火だった。
それを或る日、心臓に見つけた。それを或る日、指先に見つけた。

あの白い頬に、半月のあかい跡を。指先に燃える火は、そう言った。


膝の上の本を音もなく閉じ、のそのそと彼女の向かい側に腰を下ろす。幾分温くなってしまったお茶は、今僅かに燃えている指先の火の温度に似ていた。


「それでね、この間のアルバイトなんだけどね…、」


彼女の話に適度に相槌を打つ。話の流れは父が保ってくれるので、僕のすることは、ああ、とか、うん、とか、そう、頷くだけ。子供らしくほんのりとあかい彼女の頬を時々見ながら、外から聞こえる鳥の声に耳を傾け、意識をどこかに散らす。穏やかな時間だと、そう、錯覚させる。彼女は楽しそうに話をしている。父も楽しそうに話をしている。僕は時々、息を吐くついでに声を出す。


「そう、それでね、そのとき撮った写真があるんだけどね、」


ふいに、彼女がくるりと後ろ向いた。少し揺れた髪に、頬がほとんど隠れた。彼女は後ろに置いていたポーチから何かを探しているようで、頭が下を向いていて、ブラウスの襟からはっきりと、頸筋が、項が見えた。


「あったあった、これこれ、」


父が、おお、と何か、感嘆の声を上げている。けれど僕の目線は下に向かない。こちらに向きなおった彼女の顔を凝視している。彼女は父に何かを説明していて、それに気付かない。


「でね、いつか一緒にいこうよ。ねぇ、鬼太郎、」


ばちっと、顔をあげた彼女と目があった。思わず、えぇ、ああ、うん、と細く返事をしてしまった。彼女はとたんに不機嫌になり、話聞いてなかったでしょ、と頬を膨らます。頭の後ろの方で、いやに大きく鳥の声が聞こえる。 父が、やれやれと息を吐いた。彼女が僕に何かをまくしたてていたけれど、どこかに散らした意識ばかりが心にあった。僕は、彼女の白い頸筋を見ていた。歯を立てたいと、そう思った。背中が冷えて、心臓が熱くなって、それを、或る日。



かなし く いとし く おそろしい

心臓と指先の火が、唇にひとつ。それはかなしくいとしくおそろしい、僕の、火。