愛は毒をも喰らうのか



愛は毒をも喰らうらしい。毒とは比喩的な意味合いを含むが、ならば本当に毒を喰らっているオレはどうしたらいいのだろう。愛があれば毒すら喰らい、鉄壁の胃をもって越えることができるのか。
そうであればこのけたたましい音をたてる腹をさすり片手に胃薬を持ちながら、寝込むことなどとうになくなるのだが。


「腹痛で済むならばいいじゃないですか、毒で死なないうちは。」


とはロマーリオの弁だ。そうだなぁ、確かにポイズンクッキング、その名の通り毒で死ぬはずの我が身が腹痛だけで済んでいるのならば、もしかしたらそういう部分は愛でカバーされているのかもしれない。ひょっとしたらビアンキも、多少の愛で抑えてくれているのかもしれない。
でもどうせなら3時間殺しをやってくれねぇかなぁ、と呟けば、ロマーリオは曖昧に笑った。



ということを思い出しつつ眼を開けば、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図…ではなく、異様な色彩を放ち悪臭を漂わせた、まあ一言で表せばゲログチャな物体が白い皿に載せられていた。つるりと輝く陶器の清潔な部分がゲログチャな物体の隙間から見え隠れしていて、なんだか一層異様なもものに見えた。いつ皿から動き出してもおかしくはない。むしろ動き出してくれれば良いのだが。そしてそこの窓から、ぽーんと、


「殴るわよ。」


ビアンキの呟きにびくりと肩を震わせれば、眉間に皺をよせた彼女が自分を睨んでいた。
なんだこいつとうとう読心術まで得たのか、


「女の勘よ。」


ビアンキはさっきツナのママンが淹れていってくれた紅茶をすすりながら答えた。つうかオレ一言も喋ってないんだけど。女の勘ってあなどれない。


オレは相変わらず動く気配もない皿の上の物体を見つめる。隣の、客用ティーカップの中の飴色の液体からは、本来ダージリンの芳香が薄い湯気とともに立ちのぼる筈なのに、あまりに残念なお茶請けのせいでそれが感じられない。


「なぁビアンキ。」
「何よ。」
「オレ、3時間殺しがいいなぁ。」


オレが呟けば、ビアンキはいぶかしげに眉をひそめた。
それからため息をついて、彼女の口元でくゆる紅茶の湯気をふっと吐いた。届くはずのない白い湯気が、叱咤するようにオレの目元にぶつかった気がした。


「あれは人を殺すためのものよ。」


じゃあ目の前のこれは、と言いそうになって、口をつぐんだ。身体をのりだし顔をビアンキに近づける。カチャンとティーカップがティーソーサーに置かれる音がすれば、彼女にくちづける。


「いでっ!」


唇が離れたとたんに、デコピンがとんできた。伸ばされた爪が額を掠めて、余計痛い。


「なぁビアンキ。」
「何よ。」
「愛は毒をも喰らうらしいぜ。」


今度は右ストレートでも飛んできそうだったので、慌てて身を引く。
ビアンキは右手で拳をつくるかわりにフォークを持ち、皿の上のゲログチャに突き立てた。


「早く食べなさい。」


つつーと背筋が少し寒くなり、おそらくさぶいぼがたつ腕を伸ばし刺されたフォークをを持つ。ごくりと唾をのみこめば、大分覚悟ができた。ぺろりと唇を舐める。

愛は毒をも喰らうならば、オレも少しがんばるから、お前ももう少しがんばって、毒を喰らってはくれないか。
そうしていつかふたりで毒を全て喰らって、普通の料理にならないかと祈りながら、胃すらも溶かすような物体を口に運んだ。



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