彼女の白いうなじに、赤い痕を見つけたのは、いつのことだったか。




「髪、なんでこんなに長いの?邪魔じゃない?」


彼女の三つ編みをいじくりながら僕が問うと、彼女はするりと僕の手のひらから三つ編みを取り返して、


「こっちのほうが良いって、言われたんです。」


と困ったように笑った。


その顔を見て、僕はぎり、と奥歯を噛む。まただ。波のように胸に押し寄せる不快感を、表に出さないようになだめる。


三つ編みを大事そうに見つめる彼女の、きれいな白いうなじに、赤い痕を見つけたのは、いつのことだったか。


ふとした瞬間に見せる彼女の、僕以外に向けられる特別なその表情、言葉、感情を見つけたのは、いつのことだったか。


その度に押し寄せる胸の痛みを、息苦しく締めつける想いを、自分の中に見つけたのはいつのことだったか。


「雲雀さん?」


呼ばれて、自分の顔が不機嫌に歪んでいたのに気づく。
不思議そうにこちらを見つめる彼女の、左手の薬指に、光る指輪に、きりきりと胸が痛む。


「どうしたんですか?」


こちらを覗き込んでくる無防備な表情の彼女に、僕は思わず手を伸ばしそうになって、慌ててひっこめた。行き場をなくした手が不自然に宙をさ迷う。


白いうなじの赤い痕も、今確かに僕に向けられているはずの眼差しも、望む想いも、左手の薬指も、全部全部、僕以外の誰かのものなのだ。


ぎり、と奥歯を噛む。今手を伸ばしたいすべてのものは、すでに他の誰かに取られているなんて。


不自然に空をつかんでいた手を、彼女の左手の薬指に光る、指輪に伸ばした。ぐ、と力をこめて指先で指輪をつかむ。


「ねぇ、これ誰にもらったの?」


口からは驚くほど低い声が出た。


「え、あ、あの、」


彼女は困ったように視線をさ迷わせた。僕はますます指先に力をこめる。指輪はびくともしないから、多分彼女は力の変化に気づかないだろう。


このまま指輪をへし折ってしまいたい。


「あ、」


彼女がふいに声を上げて、次の瞬間、目の前で爆発がおきた。



爆風がおさまると、そこには小さい方の彼女。呆然と僕を見つめている。


僕はしゃがんで、小さい彼女の、まだ何もないちいさな左手の薬指をつまんだ。


「君は、どこへ行くの。」


尋ねると小さい彼女は一気に真っ赤になって、それからすぐ走って応接室から出ていってしまった。
指先にはさっきのやわらかく小さな彼女の指の感触と、かたい指輪の感触が残っていた。もしもあの指輪が、どこかの誰かからのものならば、今ある僕の鉛のような気持ちは、10年の間にどこへ行ってしまうのだろう。


僕は奥歯を噛み締めて、彼女のうなじの赤い痕のことを考えた。




何処へ



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