その日いつものように雑用をこなしていると(恭さんはお昼寝中)、イーピンさんが襖から顔を覗かせ、笑顔で手招きしてきた。
そしてそのまま連れてこられたのは、イーピンさんの部屋。
畳の上には服が並べられている。


「衣替えしてたんです。そしたら、見てください。」


イーピンさんの指さす方を見ると、そこには今の彼女では着られないような小さな拳法着や着物が並べられていた。


「ああ、イーピンさんが小さい頃の。」
「そうなんですよ。とってあったんだなーって、なんだか懐かしくて。」


イーピンさんは顔をほころばせながら、一枚、拳法着のズボンを手にとって私に見せた。


「ほらこれ、覚えてます?」


ズボンの膝の部分には、かわいらしい針鼠のアップリケがしてあった。それを見て、ああ、と私も顔をほころばす。


「イーピンさんが派手に転んでズボンに穴が空いたときに、私がつけたものですね。」


私が言うと、イーピンさんはますます笑顔になって、じゃあこれは?とまた別の一枚を取り出した。
鮮やかな紅の金魚が泳ぐ浴衣は、恭さんがイーピンさんに贈ったもので、私も一緒に選んだものだ。
イーピンさんと夏祭りに行くので浴衣をあげたいんだけどどんなのがいいだろう、と恭さんが珍しく私に相談してきたのだ。私は感激して、喜び勇んで男二人で連れだって、子供服の店に何軒も行ったものだ。今考えれば不審者だが、あのときは嬉しさと若さで気にならなかった。

そうして選びに選び抜いた浴衣を、沢田の母親に着付けてもらったイーピンさんを見たときの、恭さんの幸せそうな顔を、自分は一生忘れないだろう。


それからそれからとはしゃぎながらイーピンさんが取り出す、小さな服たち。
私も知ってる思い出と、私の知らない思い出が、次々とあふれてくる。


「楽しそうだね。」
「あ、雲雀さん!」


ふと後ろから声がかかり、向くとそこには恭さんがいらっしゃった。
起き抜けらしくあくびを噛み殺している。


「ワオ、とってあったんだ。」


恭さんはイーピンさんの横に座り、小さなチャイナ服を手におとりになった。


「はい。それなんて、わたしが日本に来たばかりのころのですよ。」


ふうん、と目を細める恭さんと、楽しそうなイーピンさんを見ていると、お互いの行動に一喜一憂していた頃のお二人を思い出す。
あんなセンチメンタルな恭さんは、おそらくこの先拝めないであろう。


「なんだかこのまましまっちゃうのはもったいない気がしますね。何かにできないですかね。」


イーピンさんがうーん、と首を傾げる。私も頭を捻る。


「糸をほどいて何か作るとかですかね。」
「うーん…。」


すると小さな藍染の着物を手にとってながめていた恭さんが、ふいに口をおひらきになった。


「このままでいいよ。あと数年したら、子供に着せればいい。」


ぴし、と恭さん以外のまわりの空気が一瞬、固まった気がしました。


「え、あの、え、う、え!?」
「何、いやなの?」


湯気でも吹き出さんばかりに真っ赤な顔をしたイーピンさんと、すねたように顔を歪める恭さん。
イーピンさんはぶんぶんと首を横にふり、恥ずかしそうに下を向いた。


「あの、その、い、いやじゃないですけど、その、」


「その方がまた思い出ができるじゃない。ねぇ、哲。」


「あ、は、はい。」


とんでもない爆弾発言だったというのに、急に話をふられて思わず返事をしてしまった。


「ね?」
「…は、はい。」


照れながらも頷くイーピンさんと、それを満足そうに見つめる恭さん。

幸せそうなお二人の姿は昔と変わらず、きっとこの先も続いていくのだろう。

そしてそれをいつまでも、見つめていられたらいいと、思う。


並べられた小さな服たちが、また新しい思い出を持つことを、願って。



更衣



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