いーち、にーい、さーん、 まっくらやみのなか、まぶたにあたる、ぬるいたいおん。みみもとからきこえてくる、ひくいこえ。 ああ、わたしまた、しらないところにきたんだ。 じゅうよん、じゅうご、じゅうろく、 ここはいったいどこなのか、めかくしをしているのはだれなのか、かずをかぞえているのはだれなのか、わたしはしらない。 さんじゅうに、さんじゅうさん、さんじゅうよん、 まっくらやみのめかくしは、わたしよりもひんやりした、でもいいにおいのする、おおきなてのひら。 ろーくじゅう、いーち、にーい、 ろくじゅう、でいっぷんたって、またいちにもどった。さいしょとおなじリズムで、おなじこえで、めかくしはかぞえつづける。 にじゅうに、にじゅうさん、 「くちっ」 …さむい? わたしがくしゃみをすると、かずをかぞえていたこえがたずねてきた。わたしはなんだかきはずかしくて、じゃましてしまったことがもうしわけなくて、かおをあかくしてふるふるとくびをよこにふった。 そう…よんじゅう、よんじゅいっち、よんじゅに、 こえがふたたびかずをかぞえはじめて、それからからだがうしろにひきよせられて、いままでまぶただけにかんじていたぬくもりが、せなかにもかんじられた。ふわりといいにおいがして、こえがちかくなる。 せなかのたいおんが、てのひらよりもあたたかいことにほっとして、思わずちいさくいきをつくと、かずをかぞえていたこえがくすくすわらった。 ごーじゅう、ごじゅいち、 よんかいろくじゅうがかぞえられて、さいごのじゅうびょう、うとうとしはじめていたわたしのまぶたのたいおんが、急になくなった。 「…?」 めをあけると、めのまえにみどりのしげるにわがあった。それからえんがわと、しょうじ、たたみ。 にほんかなぁ。 そんなことをかんがえていると、ごじゅうきゅう、とうしろからきこえてきた。 はっとして、いそいでうしろをふりむくと、 「ろくじゅう。」 たのしそうにゆがんだくちびるがみえて、 「またね」 やさしいこえがして、せかいがとおのいた。 「二分…一…二…、」 ヒュン、とトンファーが前髪を掠める。わたしは後ろに大きく跳んで、体勢を立て直す。 「十五…十六…、」 先ほどからぶつぶつと呟いている声が、数を数えているものだと知ったのはつい最近。六十まで数えれば、一に戻る。おそらく時間をはかっているのだろうけど。 「何考えてるの?」 今度は蹴りがとんできて、慌ててガードする。少し身体が後退したものの、大したダメージはなかった。ちっ、と舌打ちする音と、 「…三分。」 と淀みない声が聞こえてきた。喋ろうが動こうが途切れようがこの人は、正確に時間をはかる。 「あ、あの。」 わたしが声をかけると同時に、床を蹴る音がして、一気に間合いを詰めてきた。トンファーが風を切って、わたしの肩を狙う。 「何。」 容赦のないトンファーの攻撃をかわしつつ、わたしはずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。 「それ、何をはかってるんですか?」 下からの攻撃を、後ろに飛んでかわす。一歩後退すると、トン、と背中が壁にぶつかる感触がした。しまった、と思ったときには、顎にトンファーが当てられていた。 「余計なこと考えているからだよ。」 つまらない、と呟いて、そのひとは鼻を鳴らした。 ひんやりとしたトンファーの感触と、微かにする血の匂い。 唾を飲み込んだ喉がこくん、と音をたてた。 「五分。」 「へ?」 あれ、数とんだ?と思っていると、そのひとはため息をついた。 「君がいなくなるまで、五分。知らなかった?」 間抜け面、と付け加えて、そのひとは呆れたように顔を歪めた。 「…知らなかったです。」 素直にわたしが言うと、そのひとは顔をぐっと近づけてきた。くちびるが弧を描いて、わらう。わたしはびっくりして、ほほがかっと熱くなった。だって、そのひとは、そのひとは。 「…あ。」 ふいにそのひとが声をあげた。それから、残念そうにトンファーをおろす。 「あの…?」 「せっかく咬み殺そうと思ったのに。」 そのひとが小さくため息をついて、くちびるが動いて、 「六十、」 と告げた。世界が急に遠くなって、わたしを見つめるそのひとが、 「またね。」 と笑ったような、気がした。 いーち、にーい、さぁーん。 あの声が、どこからか聞こえる。目隠しのふち、おいかけっこの端。 ふよふよと漂うような感覚が晴れて、視界がすっきりして、頭がしかっりするときに、聞こえてくる声を、わたしは知っているのです。 「おかえり、イーピン。」 わたしはしっているのです。 |