人気のない海をふたりで、歩く。
厚く広がった灰色の雲は、空だけでなくたゆたう海も、静かな木々も、足元の砂浜も、世界全体の色彩を、落としているように思える。
砂浜に埋まる白いブーツも、陽のもとならば輝いて見えるのに、今はどこか、くすんでみえる。


「イーピン、」


少し前を歩く、雲雀さんがわたしの名前を呼ぶ。モノトーンに沈んだ世界でも、雲雀さんはあまり変わらない。もともとこのひとは、黒と白と少しの肌色で構成されているようなひとだから。


(いや、)


それらにあと、赤も加わる。むかし、雲雀さんを描くにはその4色しか使わなかったことを思い出した。ヒバードちゃんを描くときは、黄色も加わったけれど。


「イーピン、」


雲雀さんのスニーカーに、波が迫る。灰色のぼんやりとした海水が、確固たる黒に踏まれている。波は何も掴めずに、すごすごと灰色の海に戻る。


「雲雀さん、」


自分の左手の人差し指を、右手の親指にくっつける。左手の親指も、右手の人差し指にくっつける。

静かな海に波の音だけが響いて、雲雀さんの黒い髪の毛が、数本舞う。


「イーピン、」


指でつくったフレームを通して雲雀さんを見つめるわたしに、雲雀さんは浅く息を吐いて、わたしの名前を呼んだ。それから、わたしと同じように指でフレームをつくる。
誰もいない浜辺で、きょうだいともこいびとともとれないふたりが、同じ格好で向かいあっている。それはどんな光景だろう、と考える。


「何が見えますか、」


黒い髪の毛。黒い瞳。肌色に、黒いマフラー、黒いコート、隙間から覗く白いシャツ、黒いズボンに黒いスニーカー。フレームをつくる指先と耳が赤く染まって、それらは損なわれることなく、フレームの向こうにいた。

雲雀さんはわたしの問いに答えることなく、ゆっくりとこちらに近づいてくる。マフラーから覗いた薄い唇は、赤。そこから白い息が吐かれる。


「イーピン、」


ひやり、わたしの人差し指に、雲雀さんの人差し指がくっついた。ふたつのフレームが重なって、けれどわたしのよりも雲雀さんのほうが大きい。雲雀さんのつやつやと黒い、切れ長の瞳が、すぐ近くで瞬く。


「黒い髪と肌色と、真っ赤なマフラーに白いコート、黒い靴下に白いブーツ。ああ、唇と頬と耳は、赤だね。」


雲雀さんがくすりと笑う。


「たぶん、きみと同じだろうね。」


弧を描いた唇が、わたしの唇にくっついた。
雲雀さんの赤と、わたしの赤は同じかなぁ、そんなことを考えながら、わたしは静かに目を閉じた。

灰色の世界に沈まぬ色。フレームの向こうが同じなら、白いコートとブーツが浮かび上がって見えるといい、と思った。




フレームの向こう