ざあざあと雨が降り、ざわざわと木々のざわめく夜、熱にうなされ床に伏したわたしは、障子、雨戸を隔てた向こうの景色を瞼の裏に描いておりました。


寝返りを打ちますと大分溶けてしまった水枕がごぼりと音をたて、ぐにゃりと変形して、巻かれたタオルの感触が頬に感じられました。


今は何時くらいなのでしょうか、部屋は暗く夜ということはわかるのですが、視線をめぐらせてみても、カチコチと秒を刻む時計の音はしますのに、肝心のその時計は視界には入りません。


目を閉じて息を吐くと、喉が熱く肺が圧迫されるかのような胸の苦しさ、背筋に走る寒気を感じまして、布団を引き寄せぶるぶると震え、汗で湿った寝間着の気持ちの悪さを耐えます。


ぐるぐるとかき混ぜられるような感覚に頭が朦朧としまして、視線をあちらこちらにうつしていますと、ふいにコトリと物音がしまして、一筋の光が室内に入ってきました。障子が少し開いています。雨戸も開いていることでしょう。


ぎょっとしてそちらを見ますと、夜空に浮かぶ白い月が見えました。いつの間に雨が、風が止んでいたのでしょう。穏やかな夜の景色がそこには広がっていました。


「イーピン。」


不意に声が聞こえました。音の出どころを探すと、部屋の隅、襖のそば、角の暗がりに、人が立っていました。僅かな月明かりに照らされた室内に、青白く透き通るような、端正な顔がこちらを見ているのが見えました。
人がこちらに近づきますと、ぼんやり顔以外の形が見えました。影からひっぱってきたような黒髪、夜に染まった瞳、濃紺の着物、白い首筋、胸元、赤い唇。わたしは彼を知っています。


彼は近づいてわたしの頬に触れました。ひやりと水のように冷たいてのひらが気持ち良く、滑らかな指が心地好く、けほけほと咳をすれば頭を撫でてくれます。


しばらくそうしていますと、さわさわと庭の草木が擦れ合う音に、ふとわたしは彼に尋ねました。


「雨は…。」
「うん。」
「雨は、いつ止みましたか?」


けほけほとまた咳が出ましたが、今度は頭を撫でてはくれませんでした。
かわりに、彼の赤い唇がわたしの乾いた唇に落ちてきて、わたしはひっ、と小さく悲鳴をあげて、肩を強ばらせました。
彼の指がわたしの輪郭をなぞり、彼は愉快そうに口元をゆがめました。
月の光が、厚く薄暗い雲に遮られていきます。戸を閉じるように遮断され暗くなっていく部屋、見えなくなる目の前の彼に、わたしはごくりと唾を飲みました。


「おやすみ、イーピン。」


暗くしたのはわたしの目を覆った彼の冷たいてのひらだと、思いました。



小鳥のさえずる音、瞼の上の光に目を明けると、綱吉兄さまが雨戸を開けていました。
「おはよう、イーピン。加減はどうだい?」
にこりと目尻をさげて柔らかく笑う兄さまに、わたしは頷きました。
身体は多少だるいものの、熱は引いたようで、汗でぐっしょりと濡れた寝間着だけが気持ち悪く背中にはりつきます。


「大分、」


わたしが答えると、兄さまはそう、と笑って、着替えるかい、と着替えを枕元に置いて、朝食と薬を取りに襖の奥へ消えました。
身体を起こして外を見れば、庭を濡らし溜まった雨水がきらきらと朝の光に輝きます。
空を見れば雲ひとつない快晴、庭の草木が真っ直ぐと伸び光を受けて、やはりきらきらと輝いています。


そっと唇に触れますと自分の指が予想以上に冷たく、思わずひっ、と悲鳴をもらしました。


雨はいつ止んだのかしら。


月をさらった雲のことを考えて、わたしは目を閉じて、朝の空気に息を吐きますと、乾いた喉に水の冷たさが恋しく思え、兄さまが戻るのを待ちました。



雨の夜