びゅうびゅうと冷たい風が吹いている。くるくると回る落ち葉を見ながら、イーピンはほう、と息を吐いた。首に巻いた薄ピンクのマフラーの、先の白いぼんぼんが揺れている。
灰色の厚ぼったい雲の隙間から、オレンジ色の光が溢れている。そろそろ帰らなくては、じきに星が落ち始めるだろう。
そうわかってはいるものの、イーピンはその場から動けない。
くるくる回る葉っぱが上空に巻き上げられて、四散する。その中心を見つめながら、イーピンはごくりと喉を鳴らして唾をのみこんだ。

一歩、踏み出そうとしたそのとき。


「イーピン、」


後ろから声をかけられて、イーピンがどきりと肩をふるわせれば、くすくすと笑い声が響く。


「何してるの?」


イーピンが振り向くと、そこには楽しそうに目を細めた雲雀がいた。肩にかかった学ランが風に揺れる。


「ひばりさん、」


イーピンが名前を呼べば、雲雀はうん?と口元に笑みをつくった。かさりと足元を落ち葉が掠める。道端に転がる銀杏の実を避けながら、雲雀はゆっくりとイーピンに近づいてきた。音もなくしゃがみこみ、イーピンと目線を合わせる。つり上がった黒の瞳。猫のようだ、とイーピンは思った。


「何を見てたの?」


微笑みかける雲雀は、イーピンが何をしようとしていたかわかっていそうで、イーピンなんだか気恥ずかしくなって後ろを向いた。雲雀も顔を上げてそちらを見る。けれどもう風は吹いていなくて、ただ落ち葉が散らかっているだけだった。イーピンは残念そうにうつむきながら、ぽつりと呟いた。


「…わーぷのいずみ…。」
「え?」


雲雀が目を見開く。ふわり、弱い風が吹いて、落ち葉が転がる。
わーぷのいずみ。イーピンの言葉を反芻しながら、雲雀は落ち葉をじっと見つめる。


「わーぷのいずみって、あの?」
「つなさん、やってた、みた。」


雲雀の問いにイーピンはこくりと頷いた。ゲームのことはよくは知らないけれど、なんとなくわかった雲雀は首を傾げた。公園の端、ここには樹と落ち葉ばかりがあるだけで、泉なんてどこにもない。


「いっしゅんで、とおくに、いける、」


小さな声で呟いて、イーピンは足元でかさかさと転がる落ち葉に目を向けた。
わーぷのいずみがどこにあるかは、ひたすらに落ち葉を見つめるイーピンだけが知っている。後ろを向いたちいさな背中に、どこか苛立ちを感じて、雲雀はイーピンを抱き上げた。あ、とイーピンが声を漏らす。
しゃくしゃくと落ち葉を踏み潰しながら、雲雀はイーピンをぎゅう、と抱き締めた。


「き<みは、どこにわーぷしたいの、」


びゅう、と風が強く吹いた。落ち葉が舞い上がって、小さなサークルを作りながらくるくる回る。イーピンはわーぷのいずみ、と口のなかだけで呟いて、眉を下げた。雲雀にはまだ、わからない。
わーぷの先を焦がれるようなイーピンの瞳に、雲雀は鬱々とした気持ちでひたすら落ち葉を踏み潰していた。


イーピンが黙り込んで、落ち葉を踏み潰していた雲雀が空に輝く星を見つけて、小さく「送るよ、」と呟いた。抱き締められたままのイーピンは、こくり、と頷いた。






くるくると回る落ち葉を、ベンチに腰掛けながら雲雀は見ていた。夕暮れと共に吹き始めた冷たい風に、首に無造作に巻いた濃紺のマフラーを口元まで引き上げる。


「雲雀さん、お待たせしました。」


聞き慣れた声に雲雀が顔を上げれば、制服にチェックのマフラーを巻いただけのイーピンが立っていた。スカートとハイソックスの間の、赤く染まった膝が寒そうだ。


「やあ。」


雲雀が片手を軽くふれば、イーピンはしゃくしゃくと落ち葉を踏みながら近づいてくる。その様子に雲雀は目を細めた。


「わーぷのいずみ、」
「え?」


唐突な雲雀の呟きに、イーピンは思わず間抜けな声を出してしまった。雲雀はくすくす笑って、


「きみが言ったことだよ、覚えてないの、」


雲雀が指差す先を見れば、風に吹かれた落ち葉がくるくると円を描きながら舞い上がっていた。イーピンはああ、と呟く。


「覚えてたんですか。」
「まあね。」


イーピンが少し可笑しそうに笑って、雲雀が眉間に皺を寄せた。落ち葉を睨みながら、雲雀は呟いた。


「きみは、どこにわーぷしたかったの、」


イーピンが僅か、目を開いて雲雀を見た。けれどすぐに微笑んで、


「どこだと思いますか、」


と聞き返してきた。雲雀は鼻を鳴らして、立ち上がってイーピンの手を握った。ひやりと冷たくて、けれど柔らかい手。イーピンが息を呑むのがわかって、雲雀は唇を吊り上げた。


「わーぷ、してみる?」


ぎゅう、と強く握れば、寒さ以外で顔を赤くしたイーピンがこちらを見つめていた。恥じらいに潤んだまんまるい瞳は吸い寄せられそうなほど深く、これこそわーぷのいずみだと雲雀は思った。そこにうつるものも、今は知っている。そうなるように、随分時間をかけたのだから。

雲雀は満足そうに笑いながら、あの頃よりも晴れやかな気持ちで、転がる落ち葉を踏み潰した。



空には輝く星。きっときみは、もうどこにも行かない。



わーぷのいずみ