むかし、ゆびわをもらいました

わたしがほしいと、言ったから




引き出しの奥、ハンカチに包まれたそれをそっと取り出す。金の鎖を通したそれには、細い金の輪に小ぶりな紅い宝石がついている。手のひらにそっと置けば、しゃらりと金属が擦れ合う音がした。デスクライトの光に照らされて、金と紅がきらめく。


むかし、あのひとにもらったゆびわ。それはわたしがほしいと、言ったから。


ぽつりと溢してしまった言葉を、掬い上げてくれたあのひと。わたしはとっても嬉しくて、のぞきこんだきらめく紅の世界に舞い上がる心地がした。
けれどはめてくれた左手の薬指は、ゆびわに見合うほど大人じゃなくて、ぶかぶかで、あいてしまう隙間に言いようのない寂しさを覚えた。
だから鎖を通して、なくさないように首にかけた。そうして大事にしていたけれど。


(イーピン、)


わたしは大きくなって、あのひとは大人になってしまって。遠くにいってしまったあのひとに、追いつけることはないと知った。そうだとわかった瞬間に、ぶかぶかのゆびわの隙間に潜んでいた幼いわたしの悲しさと切なさが滑り落ちて、どうしようもなくて、それでゆびわを引き出しの奥にしまいこんだ。きらめきはハンカチで包み隠して。


(もう、10年、)


指先でゆびわを撫でる。すべすべしていて、けれど固い。むかしと寸分変わらぬ形の指輪は、あのときと同じきらめきを持ってわたしの手のひらにある。自分は相変わらずなんだなあ、と少し自嘲気味にわらった。


最近たまに見かける、真っ黒な学ランをたなびかせていたころのあのひとの姿を思い描く。久しぶりに引き出しの奥からゆびわを引っ張り出す気になったのは、そのせいかもしれない。遠いあのひとには会えなくて、近いあのひとには会えるのに、それらはやっぱり遠い。けれどわたしのきらめく世界は、確かにそこにあって、今はあっちにある。少しの寂しさと苦さを噛み潰して、そうして押し込み続けてきた。

あのひとからもらったゆびわの意味は知らない。ならば今日くらいは、あのころのきらめきにすがりついてみようか。


慎重に鎖の留め具を外す。鎖はするするとゆびわから滑り落ちて、わたしの膝に落ちた。そっとゆびわを持ち上げて、輪を見つめる。あのころ大きかったそれは、今は近しいものに思えて、ゆびわをゆっくりと左手の薬指に通した。10年ぶりの感触に息を潜め、


「…あ、れ…?」


薬指の付け根できらめくゆびわは寸分違わずわたしの指にぴったりで。わたしは思わずまじまじとゆびわを見つめた。


(そんな、いや、偶然、)


プルルル、と電子音が響いて、思わずびくりと肩を震わせた。未登録の電話番号からの着信音。薬指できらめくゆびわに些かの期待と、自嘲を交えて通話ボタンを押した。そんなわけないでしょう、と思いつつも、喉が、指先が、少し震える。


「やあ。指輪、はめてみたかい、」


あなたはエスパーですか、なんて言えるはずもなく。隙間ない指輪とあなたの言葉、期待しちゃいますよ、なんて心の中だけで呟いて、色んな疑問を押し止めて、遠いあなたの名前をよんだ。


「…雲雀さん、」
「誕生日おめでとう、イーピン。」


くすり、あなたが勝ち誇ったように笑ったから、




ゆびのわにきらめく世界

そしてわたしに、きらめく世界