ギシリ、ソファが悲鳴をあげる。横たわる少女の瞳が大きく開かれ、三つ編みの片方が、ソファから溢れた。少女の目の前には、些か驚いた表情の青年。青年の両手は、それぞれ少女の両腕を掴んでいる。
青年が少し動けば、少女が少し身を捩れば、ギシリギシリとソファが鳴いて、いたたまれない気持ちになる。


テレビからは芸人の陽気な声がするが、それは二人には遠い。壁にかかる時計の針の音の方がやかましく、頭に響く。心臓の音だとは、青年も少女も後から気付いた。

迫り来る何かに耐えきれずに、青年が視線を反らす。少女は困惑して、青年の顎のあたりを見る。反らした視線の先に、青年は少女の、少し捲れ皺の寄ったスカートから伸びる、白く柔らかそうな太股を見た。少女は青年の、少し乾いた薄い唇と、シャツからのぞく鎖骨を見た。


互いに内側に熱がこもる感覚がして、青年は誤魔化すように長く息を吐き、少女は首を横に向けた。

吐き出した息が熱く、青年は唇を舐めた。視界のほんの端でとらえてしまったその光景に、少女は息を詰まらせ、顔を赤くしてぎゅっと目を閉じる。そんな少女の表情を見て、焦ったのは青年の方。


逃がすべきか、逃がさざるべきか。
それとも、逃げるべきか、逃げざるべきか。


両の手は、やんわりと少女の腕を掴んでいるだけで、恐らくはそれが、彼女を押し倒しつつもふみとどまった、自分のなけなしの理性なのだろうと、青年はわかっていた。もしも少女が拒絶の言葉を吐けば、暴れて抵抗すれば、青年は手を離すつもり、だった。多分、できるだろうと思った。
けれど少女は動かない。きつく閉じた目尻には、うっすらと涙が浮かび、青年はごくりと唾をのんだ。


お逃げよ、と一言、言えばいい。今までだって何度も逃してきたのだ。少女の気付かぬうちに。そうやって、大事に大事にしてきたのだ。

そう考えれば、青年に少し余裕ができる。くすり、笑みを漏らし、口を開こうとした瞬間、


「…雲雀さん、」


少女が青年の、名前を呼んだ。青年は目を見張る。首まで真っ赤にした少女の潤んだ瞳が、まっすくに自分を見つめている。


「…あの、その…いい、です。」
「…え?」


青年は少女を驚いたように見つめた。耳を疑った。少女は視線を泳がせ、けれどもう一度青年を見つめて言った。


「だから、その、…雲雀さんなら、いい、です。」
「…意味わかってるの、」


青年が問えば、少女はこれ以上ないくらい顔を真っ赤にして、けれど確かに頷いた。


「…もう、加減はしないよ、後戻りはできないよ、…いいの、」


青年の手に力がこもる。少女がこくりと小さく頷いた。ギシリ、ソファが鳴く。青年の顔がゆっくりと少女に近づいた。心臓が煩いくらい鳴って、少し苦しい。青年と少女の唇が重なって、逃げ道を失えば、




後は、秘密の夜のなか。



ココア