おれだってあれです。もう18歳ですし、これまでいくつか恋を経験してきたわけです、よ!









「バスガイドさん」の記憶が、おれの頭の中に鮮やかによみがえってくるかと問われれば、それはノーだ。
考えてみればこのときオバケに襲われたのだけれど、そこらへんの記憶ももう曖昧になっちゃっている。これはおそろしいことだ。
ただ覚えているのは、ビリビリした衝撃と、どきりと心臓の跳ねたあの笑顔。彼女はちょうど、この写真のなかみたいな、きれいな笑顔を浮かべていた。


(とはいえ、ソッコーでふられたんだよなぁ。)


そう、ふられたのだ。ふられたというよりは、自ら恋の引き際を察したというか。そんな格好良いものでは、なかったような気がするけれど。

それは淡い、初恋だった。見知らぬ少年に抱きついたあの、彼女の笑顔に消えた、恋だった。そのままあそこに置いてきたかのように、長い間忘れていた、ちいさな恋だった。


あれからいくつか恋をして、幸福に満たされる瞬間と涙が溢れそうになる瞬間とをいくつか、経験した。笑ったり腹を立てたりいとしいと思ったりもう無理だなんて思ったり、した。恋をするタイミングや自分の好みがなんとなくわかっちゃったりとか、してきて、そういうふうに恋をいくつか、重ねてきた。

そうしてこれまで過ごしてきたというのに、一番最初に恋をした彼女の、写真の中の笑顔を見ただけで、こんなふうに心臓がぎゅうぎゅうと締め付けられて、びりびりとうなじを走る痛みのような何かがあるのは、なんだか不思議で、おかしなことだと思った。何年も思い出さなかったあの瞬間を、置いてきたみたいに埋もれていた初恋を、たったひとつのきっかけで、頭はろくに覚えてもいないのに、身体が苦しくて甘い気分になるのは、なんだかとてもおかしなことだと、思った。


暗くなった窓ガラスに、奇妙な顔をしたおれがうつっていた。きれいに笑うバスガイドさんの、右斜め上に小学生のおれがいたけれど、同じフレームのなかにいなかったから、それが彼女の隣で自分がしていた顔かどうかが、わからなかった。



(続く)